りんごの話
七飯町は、明治の初期に日本で初めて、西洋りんごが栽培された地です。
明治2年に プロシア(現ドイツ)人、R.ガルトネルが 洋種農作物の栽培を行った
ことが、七飯町における農業の契機となり、現在の北海道農業の基盤となっており
西洋農業発祥の地といわれています。現在の農業の中心は、水稲をはじめ馬鈴
薯・大根・人参などの畑作、りんご・ぶどうなどの果樹、酪農、畜産と全般に渡って
おり、近年はカーネーションをはじめとする花き栽培が盛んであります。
また、りんごは七飯町の特産物の一つとして歩んできた花木であり、七飯町の花
に最もふさわしいものとしてりんごの花を選定しました。
りんごの花
1869年蝦夷地を占領していた榎本武揚が、西洋農法に よる七飯開墾のため
300
万坪の広大な土地をプロシア人の ガルトネルに貸し付ける契約をした。箱館戦争の後、
明治新政府の手に引き継がれ、七重官園となる。官園は農事試験場の冠称で名称は
七重開墾場、七重農業試験場、七重勧業課試験場と変わりながら、明治27年まで
続き、ガルトネルはりんごやぶどうなど多くの作物を日本に紹介しました。
七飯の果実は、これを受け継いでいます。 スターキング、つがる、レッドゴールド など、
どれも伝統と風土が育てた名作です。また、この農場の実習生たちはのちに北海道開
拓に大きな足跡をのこしました。
(*この農場跡は ガルトネル・ブナ林として国道5号線沿いに現在も残っている)
|
りんごには、動脈硬化、糖尿病、大腸がん、高血圧な
ど生活習慣病の予防に効果がある[食物繊維]や[カ
リウム]が多く含まれていますので、毎日 1〜2個のりん
ごを食べるようにしましょう、 特に、丸かじりすると、りん
ごの皮に多く含まれている食物繊維をむだなく摂取でき
効果的です。また、料理に利用したり、すりおろしたりし
ても食物繊維の働きは変わらないので、幅広く活用で
きます。最近の研究ではりんごにもポリフェノール成分が
多く含まれていることが分かり、注目されています。花粉
症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー症状を抑える
作用や、肌を白くする作用などがあります。りんごの皮
に近い部分に多いと言われていますので、りんごの丸か
じりすることが一番です。
[主な主成分は] 炭水化物 14.6g、
灰分 0.2g、
蛋白質 0.2g、
脂質 0.1g、
その他、
りんごの食物繊維は、
腸の中をきれいにしたり、弱った腸を丈夫にするという働きがある。
蜜の成分は、水分とソルビトールという糖の一種。店先に出たての良いりんごには
この蜜がたっぷり、やがて時間とともにより糖度の強い果糖に変化する。ソルビトー
ルは糖としては甘みは低いが、熟度がすすむとこの状態になるので、完熟したもの
の目安になる。なおこの蜜の入り方は品種より異なる。[ふじ]は沢山の蜜がはいる
同じ大きさでも重いりんごの方が蜜がたっぷり入っている。ツルが太くピシッとして
いる(そうでないものはツルが細くて頼りない)。肩が張っていて鋭角(蜜のないり
んごはなで肩で上も下もなだらかなカーブになっている)。全体が鮮やかな赤い色
をしているりんごは毎年同じ大きさになるとは限らない。その年に栽培された中位
のりんごがもっとも良い。大きすぎるのは大味であったり、小さいのは甘みが足り
ない場合がある。同じ大きさでも、重いりんごほど熟しており、蜜入りも多い。
冷やすと美味しくなる。果糖は冷やすとアルファ型からベータ型に変化して、甘さを
増す。果糖、ブドウ糖とも低温で甘く、50度以上になると甘さが減少する。低温で
湿度が高いと長もちするので、ポリ袋等に入れて、冷蔵庫に保管した方が良い。
りんごの香りは、アルコール類(92%)エステル類(2%)カルボニル(6%)酸類
(微量)である。 果実特有のかおりはエステル類の種類と量によるものである。
よく熟したものほど、特有の良い香りを出す。
ふじ
レッドゴールド
スターキング
つがる
りんごの原産地は、地中海南西部コーカサス地方であるといわれています。また
8000年程前のヨーロッパの遺跡から炭化したりんごが発見され、その頃からすで
に、食用にされていたことが分かっています。コーカサス地方からヨーロッパとアジ
アへと2つのルートで広まっていったと考えられています。アジアに伝わったりんご
は観賞用の姫りんごとして伝えられ、平安時代に中国から日本へ伝わった。食
用とてのりんごが本格的に栽培されるのは明治に入ってからのことです。
コーカサス(カフカス)山脈〜カスピ海と
黒海の間に連なる山脈
ニュートン(1642〜1727):万有引力の法則を発見したイギリスの科学者。
そのきっかけになったケントの花(ニュートンの生家にあったりんごの木)。1964年
イギリス国立物理学研究所で保存していたのを東京小石川(現在の東大理学
部付属植物園)に植栽。これが日本におけるりんごの原木となっている。
1975年(昭和50年) 原木のもっているウイルス病の除去方法が成功し持ち出
し可能となる。
1982年(昭和57年) 北海道深川市が北大農学部を通じて分譲依頼し定植。
1991年(平成03年) 七飯町成田果樹園で穂木を入手。飼育育成する。
1998年(平成10年) 七飯町文化の森の中にある歴史観駐車場前に成田
果樹園により定植。
梨とりんごの接ぎ木は可能とした、ソビエトのミチューリンやルイセンコの学説を確
かめるため、田村半吾(1882〜1964)は梨の品種[丸形身不知]とりんごの品
種[ゴールデンデリシャス]を用いて接ぎ木にチャレンジし成功した。当時の北海道
大学教授でりんごの神様と言われていた島博士が[たむら]と命名しまた。この田
村りんごの木は、成田園の成田さんにより、七飯町の産業発展の為、また[果樹
の歴史と共に子供たちの夢を育てていきたいと]いう思いから七飯町歴史館前に、
定植されました。これからも枯れ死させることなく、引き継いでいって欲しいと願って
おります。
| 1869年 |
明治 2年 |
プロシア人(R・ガルトネル)は七重(現七飯町)開墾の為、日本で初めて西洋農作物の栽培を行った。 |
| 1870年 |
明治 3年 |
箱館戦争の後、明治新政府に引き継がれた土地を取り戻し七重開墾場とした。 |
| 1872年 |
明治 5年 |
ケプロンと黒田清隆が選定してアメリカ及びカナダから取り寄せた果樹苗木が北海道の官園に送付される。そのうちリンゴの苗木は75種84239本。この中に日本の基幹品種である
[紅魁] [祝] [紅玉] [国光]が含まれていた。 |
| 年 |
明治 8年 |
内務省勧業寮が、一般向け苗木の配布を始める。 |
| 年 |
明治10年 |
青森県りんご栽培の先駆者、菊池楯衛が七重官園でリンゴの栽培を学ぶ。 |
| 年 |
明治27年 |
七重官園が閉鎖される。 |
| 年 |
明治38年 |
りんごの袋かけ始まる。病害虫駆除の為の袋かけであったが、防除技術が進むにつれ、品質の良いりんごを造るための作業となる |
| 年 |
明治43年 |
全国での生産量が130万箱になる。 |
| 年 |
大正11年 |
全国での生産量が250万箱へ拡大。 |
| 1931年 |
昭和 6年 |
青森県りんご試験場設立。 |
| 1939年 |
昭和14年 |
第2次世界大戦勃発。イモやカボチャを作る為、りんごの木が伐採される。 |
| 1945年 |
昭和20年 |
終戦後。りんご園の立て直しの為、接ぎ木法のよる品種更新、花粉の交配育成による新品種研究など、栽培技術が開発され始める。 |
| 2001年 |
平成13年 |
化学合成農薬を減らす、除草剤、化学肥料は使用しない、を規約に消費者に安全で安心なりんごを供給するイエスクリーン農家に果樹栽培農家29軒が登録。 |
| 2003年 |
平成15年 |
七飯町のイエスクリーン農家の登録数32軒になる。 |
資料提供 : N・フロンティア99 ( 町おこしグループ)
ニュートンりんごの木
ニュートンりんごの花
田村りんご゙の木
田村りんごの花